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さむい。
寒いほんとに寒い。
10時間でも20時間でもベッドに潜っていられそうだ。

これだけ寒くて得をする事といえばまあ、コーヒーがうまい事ぐらいしかない。
どれだけ水っぽくても粉っぽくても、そのぬくもりを両手で握り締める悦びに浸っていると、なんというんですか、物理的温度の電気的刺激でここまで落ち着きを取り戻せるんだ、という事実によって、メンタリティは逆にクールダウンするからなんでしょうか。

そういえば、実家にはコタツが無い。
アパートにも無い。
今年はどうやってこの寒気をやり過ごそうか。

あ~温泉とかいきて~な~。
そんな思考が頭をよぎり、ふと思うが俺はひょっとしたらもうオッサンなんじゃないのか。ヤバイヤバイヤバイ。

こんなに寒いともう必要な用事以外はおウチに引きこもって複製防壁を破りんぐした活動写真の焼き増し鑑賞ぐらいしか出来ないなあ、というくだりを書き足す事で強引に。
ひと月以上前の映画レヴューの続きがやれるわけですが。

DVD、というか光学メディアの立ち位置についても同時に考えてみた。
けしてリッピングの言い訳ではない。

opt1.jpgopt06.jpg







これって相当昔に発表されてたオプトウェア社のHVDとかいう実証段階規格なんですが。
ホログラムの原理を使ってディスク面に縦にデータを書き込んでいて、一枚当たり1TB(テラバイト=1’000ギガバイト)の記録容量を持つんだとか。と言っても最後にニュースになったのが2年くらい前だから、今どうなってんのか知らないけど。

世の中にはスーパーHDとかいう、解像度が横だけで7000ピクセル以上あるアホみたいな規格もあるらしいので、こんな大容量ディスクにも使い道はあるのかもしれないが。

あとは、連続ドラマだのアニメだのをフルHD画質で一枚に全話収めておくとか。それ以外となると、HDDのデータのバックアップぐらいしか使い道が思いつかない。HDDのバックアップにしたって、自作動画なんかやってても1TBも使うわけねーよ、という事になる。こんな事言うと、BDだとかHD-DVDのデベロッパーに大変申し訳ないが……

光学ディスクメディアに未来はあるのか?

HDDもフラッシュメモリもどんどん大容量化してるし、耐久性も高くなっている。iTunesで映画も買えるし、ストリーミングでの映像配信サービスも拡大し続けている。CDもDVDも焼きたい放題だが、普段スピーカーにつなげるのはiPodやなんかのポータブルオーディオだし、世界中の計算速度がフラットに流動化している時代、どれだけ複雑な暗号化技術も破られるのは時間の問題だし。

光学メディアの最後の砦は保存性と、手に持って確かめられるモノ、という所有感ないし安心感ぐらいじゃないのか。


で、気付いてみたら、その所有感のために結構なお金をはたいている自分の存在に気付いてしまったり。本作は買いそびれたままだけど。

次世代ディスクが登場してるご時勢に¥4000とか¥6000とかで平気な顔して売るなよ、というのはでも確実にある。
以下本文。
51P1KAQSVBL._SS500_.jpg








ビデオ撮り映画なんだよね、実は。

という事は、普段自分も使わせてもらってるDVテープとかプレミアとかアフターエフェクトで編集してあるんでしょうか。HDVとかかもしれないが。

DV使ってると「やたら滑らかにヌルヌル動くな~」というのと、「発色がめっちゃ悪くないですか」という不満点がどうしようもないんだけど、そしてこの映画もデジタルビデオ特有の高fpsと低画素数でどこかスカスカしてるんだけど、題材と役者、そしてさりげないエフェクトのかけ方が非常にうまく絡み合っていて、さすが、どこかSF映画のような現代劇に仕上がってるんですね。

ブレードランナーとかソイレントグリーンとか、70年代のハリウッドSFに似ているなあ、と感じてしまったんだ、なぜだか。

現代日本の首都、東京はすでにSFの世界に足を踏み入れちまったなあ、なんて実感は確かに数年前から在りはしたけど、現代劇≒SFという世界に突入してる気がするよ、最近の邦画は、ますます。

浅野の部屋のインテリアとか、クラゲとか、全体的に薄く白みがかった画造りとか、「アカルイ」というカタカナのキーワードから連想される、淡く優しくも冷たい感じのする映像は、まるで切れ掛かった蛍光灯のようですね。

ストーリーについて。

フリッツ・ラング監督のMetropoliceという、ブルーカラー=工場労働者=被搾取者というマルキスト全開なSF映画があるんですけど、それにも似てる気がしてきて。

大分前に人材派遣のアルバイトでちょっと工場労働のバイトをさせてもらったことがあったんだけど、その時の現場の空気を、何か見事に再現してんなぁ、と。
-30℃の冷凍室とか結構楽しかったんですけど、別に資本主義的に搾取を受けてる感じはまったくもってなかったんですけど、現場の人々のあの空気は何だろうね。大学生ですと言っただけで驚かれる世界ってのは。

主人公の2人は、別に生活苦を負っているわけでもなく、部屋を見るぶんに相当まともな暮らしをしている。
貧困を描こうとした映画ではない。
ただ、夢も希望も目的も持たずに、ただフワフワ生きてるだけ、それでも、どこかに見えない形で毒が積もっていく、というのを、あの毒クラゲが象徴しているんだろうなあ、と感じながらずっと観ていた。
「この国には何でもあるが、無いのは希望だけ」ですか。
不良少年たちも出てきたし。

泣けたのは、父子の関係というもう一つのテーマ。父親像というものを完膚なきまでにかき消された、自分たちの親の世代を観ていて、たまに勝手に物凄い悲壮感を感じることがあるからね。

宮台真司も言っていたけれど、経済成長に一区切りつけて、上昇志向というか企業戦士的出世志向の梯子を外されて、男はこうあるべき、生きるべきという偶像を見失っていた連中というのは、00年代前半には確かに大量にいたんだろうな。「オトナ帝国」とかで泣かされた人たちだ。ミライは確かにやってきてしまって、しかも見た目には確かに明るくて、でもどこか満たされない、という。男ばっかり出てくる理由はそこだろう。
今、この年になって観ると「お前らゲ〇か」と思わなくもありませんが、それも多分違うだろう。

で、未来に希望を抱けなかった陰鬱な70年代ハリウッド製SFがどうなったのかというと、アレだ、「スターウォーズ」の超スマッシュヒットの遠因となりましたとさ。

めでたしめでたし。

これを現代に置き換えてみると、娯楽志向に立ち返ったカウンターカルチャーは、やっぱり「スイーツ」「スト系」「萌え」とかになるのか。何処へ行くんだ日本人。まあ何処でも良いよ。気が向いたら10歩ぐらい遅れて付いて行くわ。
それにしても寒い。

ラーメン食いたい。
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