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27 2017 / 09
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51P1KAQSVBL._SS500_.jpg監督 / 黒沢清
出演 / オダギリジョー
浅野忠信
藤竜也
りょう








「夢の中で、未来はいつも明るかった」

もう一度観たいと思っても大学前のTSUTAYAには置いてないので、小田急線使ってようやく発見。

6年ぶりに鑑賞後、泣きそうになった。
「感動した」なんつー手垢まみれの言葉なぞ使いたくは無いのだが、心を揺り動かされる何かが確かにあった。

…これが思い出補正という奴でしょうか。


「アカルイミライ」というタイトルが完全に罠というか、引っかけなのだが、明るい映画じゃあない、少しも。

この作品、封切られたのが確か2001年なんだけれども。
小泉政権初期の頃は凄かった。何がって、日本終末論が。
失業率8パーセントとか。失われた十年とか。GDP成長率がずっとマイナスだとか。アルゼンチンがデフォールトで破産国家になって、日本もとうとう預金封鎖だのIMFだの大分騒いでいらっしゃいました。日本発の世界恐慌とか、色々言われておりました。

自分は当時16歳で、最初の高校を退学したばっかりの頃でした。
ベンジャミン・フルフォードに釣られていました。「日本経済が破綻したらIMFの存続そのものが危ういだろ!」と、2ちゃんねるで一人吠えておりました。IMFが何の略称かも知らずに。

あの頃は本当、未来が明るいとは到底思えなかった。
…いや、ちょっとニュアンスが違うかな。
例えアカルイとしても、それが肯定的に捉えられるものではない気がしていた。

現状、今現在での自分にとっての未来というのは、どうだろう、明るいとも暗いとも分からん。
そしてぶっちゃけ、それがベストだと思っている。先のことなんぞ分かるものかよ、というスタンスが重要なのだと。分からないからこそ、未来に投資するというか、何がしか備えておく努力のモチベーションになりえるので。当時、自分にはその事が全く分かっていなかった。

明るかろうが暗かろうが、つまり、良い大学出て企業の重役に上り詰めようが、日雇いのいわゆる「底辺」の暮らしを強いられようが、そのどちらにも価値があるとは思えなかった。女にモテて良妻を娶ろうが、一生独身だろうが、両者にそれほどの違いがあるものかと考えていた。要するに、なんていうんだろう、何かを得ようが、失おうが、すべてに1度きりの機会しかなくて、結局どっちの道へ進もうが、絶対に後戻りだけはできない、ならどっちもかわらねーよ、という、異常に切羽詰った感覚。

……いや、まだ16歳のボウヤなんで、シラケて何か悟ったような気になってるのは仕方が無い。黒い青春て奴です、未来なんて、明るかろうが暗かろうが、ただ磨り減っていくだけだと。あと、当時の社会状況も少なからず影響しているのだろう。
アカルイイミナイ。


だが今じゃ、「私にもそんな頃がありました」という程度の、昔話である。
これがリアルフューチャーである。カルイミライ。

この作品を手に取ったのは、何となくパッケージの水槽とクラゲに引かれたから。
あと、カタカナで「アカルイミライ」という、どこか皮肉交じりのタイトルに、
一種スノビズムのようなものを感じたからだろうと思う。そう記憶している。

ちなみにこれを書いたのはネット復帰前なので中々つづきが書きづらい。
本編の感想は次回にでも。
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18 2007 / 12

ネットに繋がったので。
プロバイダに電話して開通通知を再配送してもらったので。


自作動画。
俺が作りました。
でもまあ、”作りました”ってのが一体何を指すのかわからないよね、昨今は。
特にこういう、センスのみで仕上げた手抜きくさいのは。

最後までテクスチャが出ない、何か意味性を付与されていそうなものが出ない、という。
ぶっちゃけ「何も無い」といっても過言ではない。
真空の揺らぎのような。

ただ、「何も無い」を表現するのは実はとてもとても難しいんですよ。
本当に何も表示しなかったら、アップロードをミスった動画としか思われない。
「何もない」というのを表現するためには、「どこに?」や、「何が?」
という疑問に答える必要があって。
空間に線を引く事で、それがどうにかなるんじゃないかなあ、と思って衝動的にやってしまった。
アルバムのジャケットにインスパイアwされて。

COLDPLAYの作風、特にこの曲に関しては、公式PVもそ、うだし、極めて淡々と、

「これは音楽ですよ」
「これはPVですよ」

と、誤解を恐れず云えば記号的で無機質な、余計な作家性や自己主張を排除しきった感にあふれていて、
それが多分人気の理由なんじゃ無いかなあと思うので。

UKオルタナティブってそういうもんなんかもしれないが。

日本でもくるりとか、ブッチャーズとか、バックホーンとか他は知らんが、
「テンポがアッパーでも曲の印象は凄くダウナー」な音楽って凄く増えてきている気がするんだけど。

COLDPLAYは本当、ニュートラルな音楽性から一歩も動こうとしないし、
基本的にダウナーではあるが、鎮静剤的な強いダウナー感に働きかけようともしない。
そこがまた、ドライというか、聞くものが好き勝手にやれそうな雰囲気があったので。


Blenderの操作の練習にもってこいでした。
02 2007 / 12
相変わらず自宅のPCはネットつながりませんが。
友人宅から。
建学祭期間中からだろうか。
まあ、クローゼットからCDROMと開通通知書引っ張り出して、IDとパスワード入れればすぐ繋がる状況だとは思いますが、急いで繋ぐ用事も無いし、夜更かししないで済みそうなんで、気が向いたらまたネット復帰しますよ、大体一ヶ月以内ぐらいでしょうか、と。
繋がったら、これまで製作してきた、わけ分からんMVもどきの映像作品を、アップロードしようかと思って、いてもひょっとしたら出来なかったり、するかもしれん。

以上、授業中の12-402教室からの報告でした。

JR新宿駅の東口を出たら。
とりあえずDISCUNIONでも巡ってみてはどうか。
明治通りからだと伊勢丹の一つ先の角を曲がったらへん、新宿通りと甲州街道の間ぐらいの場所に、つまり中央通りに。ディスクユニオンが一番集中してる場所があるんですが。
そこにプログレ専門店があるんですよ。
行ってきたんですが先週末に。

以下収穫物

41EN4VRZANL._AA240_.jpg

ATOLL / 組曲「悪魔」



61T9V1JQCAL._SS500_.jpg

Van Der Graaf Generator / First Generation



Schizoid_Man.jpg

King Crimson / Schizoid Man



310Q90Y2JJL._SS500_.jpg

Yes / Talk



クリムゾンの宮殿が売ってた。
中古のLP盤で、お値段なんと ¥12,800
これはお買い得ですよ、奥さん!


・・・・・・なわけあるかっつーの。
レンタルとかダウン販売とかアレとかソレとかで音源は山のように持ってはいるが、半年前ぐらいから急に、手元に置けるような形で音楽が欲しいと思い立ち、ジャンルも時期もアトランダムな感じでCDを収集していたのですが。

こういうものをポンと買っていくコレクターもいるんだろーなぁ、間違いなく居るよなあ。
レコードの一枚でも買ってくればよかったかもしれん。プレイヤー無いが飾りに。

組曲「悪魔」は先ずレンタル屋には置いていないので入手できて満足だ。
まーAmazonでも買えますが。

同じ時間に原宿で友人達が買い物をしていたので、ついふらふらと、代々木方面から原宿駅まで明治神宮を突っ切ってしまい、しかも何を思ったか、賽銭入れてお参りまでしました。
「昔境内でポイ捨てしてすんません」と。

インターナショナルな神社って良いものですね。

原宿に出るとレイヤーっぽい人々が蠢いていた。
歩道橋の上からその様子を外国人がカメラに収めていた。
なんかイベントでもあったんだろうか。

井ノ頭通り沿い、歩道橋の下の喫煙公園(勝手に名づけた)で、時間をつぶしながら。
「なんか人混みに居心地の良さを感じるようになってきたなあ」などと。
セヴンスターの薫り。

楽しさと美しさ

って、両立するものなんだろうか。

あと、洒落っ気というのはひょっとしたら、

楽しさを俯瞰することに通じているんじゃなかろうか。

などと、思いながら聴き入る。


51RWF9FRHXL._SS500_.jpg

Underwater Cinematographer
                   / The most serene republic


ポストロックって言うのが一体どんなものを指すのか、何となく分かりかけてきた気がしなくもないんですが。
でもヤッパリ分かりません。
TSUTAYAのポストロックコーナーにCANが置いてあったし。あれってプログレじゃなかったのか。プログレも物凄く曖昧だけどさ。

楽しさと美しさ、と言うよりも、綺麗さと気持ちよさ。

両者が渾然一体となった状態ってあるんでしょうか。
ポップでエレクトロな楽しさを、一歩引いた視点から、曲調の緩急やら多種多様なメロディといった受け皿で掬い取って、美しく消化している、とかそんな印象を受けるなあ、ポストロックと呼ばれているバンドには、なんか。
だからこのバンドも、音楽としての楽しさよりも綺麗さというか、お洒落さというか、アーティスティックなものが先立ってはいる。でも綺麗さが特別に優先されているという事でもなく、打ち消し合わない程度に、聴き易さもある。
綺麗さと楽しさが均衡状態にあって、どちらか一方をうまく掬い取る事が出来ずに、ふわふわとした浮遊状態に持っていかれる感じでしょうか。

Yesとかの、どちらかというと聞きやすいロック寄りのプログレが持っていた、ロックを俯瞰するようなカッコ良さは、ポストロックには感じない。
ロックを俯瞰することが、カッコイイというよりも、オシャレだったりアートだったりするんでしょうかね。
シンフォニックなものとか大作主義ではなくて、なんつーかポップアート的な。

ところでカナダのバンドらしいんですが、最近カナダがアツいのか。
そういえばARCADE FIREもGYBEも好きだ。
カナダの音楽?
RUSHがあった。そんなに好きではないが。
moonlight shadowのアゼリン・デビソン版がそういえば物凄く好きだった。
間奏のカントリーっぽさが物凄く。
それぐらいしか知らないや。

でもそうか、カナディアンロックですか。
色々聴いてみようかと思った。

最初に戻る。
美と楽は両立するか。

どうなんだろう。
楽しさ、というより単純な快楽を求め過ぎると、それは醜悪さや退廃的なエログロやら、毒っ気へ向かわざるを得ないように思う。つまり楽は追求しすぎると、醜いものを次々掘り起こしてしまう。

美についても同様で、これもなんか、痛みや悲しみを連想させる響きを持ってるんだよなあ。
楽しいなどとは少しも言い得ない、間逆の状況に陥ったとき、苦痛や悲哀に押しつぶされそうになったとき、人間が一番敏感になるのが美しさじゃないかなあ。

つまり美と楽は両立しない、というより、行き過ぎないように中和し合っていると思うわけですが。


fdee1da7.gif

この曲のMVの「ようなもの」を上映会用に制作していて、何となく引っかかりを感じてはいたのだが、それが何だか判ったような気がする。




でも例外もあるかもね。
笑いすぎて泣いた、とか、楽しさを許容しきれなくなったとき、何となく美しさを感じないだろうか。
ハタチを超えてから滅多に無いが。
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