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男性
誕生日:
1985/06/19
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anorexianervosa__
(アット)hotmail.com
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21 2017 / 08
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うわあやべえ。
一月以上更新してないね。
えてしてweblogというものは更新が滞りがちなんだが、半年以上更新してないような死にかけのブログも結構見かけるんだが、ここが超穏速ペースの更新となる原因ってやっぱり、まとまった文章を載せたいってことに尽きると思うんですね。これについて書きたい、ということがほったらかしにされているうちに、何とか語れなさそうな領域まで切り込んで言語化したいなと思っているうちに、次の「これについて書きたい」が割り込んできたりとかして、誰も停止しようとしないで作りかけの製品が溢れ出しパンクしつつある工場の生産ラインのようなもんです。ちなみに今の「これについて書きたい」は11ぐらいある。

しかしまあ、書けない事は書けないね。
今は書けない、って事を無理に言語化する必要など無いのだろう。
論文やら小説じゃないんで。

つーわけでさらっと2つほど消化します、書きたいこと。

・十一月四日の夜

去る建学祭最終日の夜、終電を過ぎた小田原駅前。寒さに身悶えながら、頭痛でもこらえているのか時折片手を後頭部に当てて、フラフラと千鳥足でコンビニに入っていく男がいたんです。5,6分店内を徘徊し、雑誌のコーナーに止まると旅行ガイドを一冊手に取り、立ち読みのフリをしながら眼を閉じてそのまま微動だにしなくなりました。10分ほど後、結局、何も買わず彼は店を後にしました、が、その更に20分後、再びそのコンビニに現れ、全く同じ行動を繰り返しました。3度目に入店してきた時はホットコーヒーを一本だけ購入して行きました。その後も何度か出入りしていた模様ですが、3時を過ぎた時には見かけなくなりました。どうやら宿泊施設を探していた模様で、近くに漫画喫茶でも見つけたのでしょう。何故筆者がそんな事を知っているのかって?ほかでもないこの私がその男だったからです。

おわり。

・Barndomens stigar/kultivator

kultivator.jpg
スウェーデンの。










ジャケ買いして凄く気に入ったのにすっかりレヴューを書くのを忘れていた。

すばらしいです。

2002年に倒産しちゃったAPMと言うレーベルから、彼等のたった一枚のアルバムがリマスターされて発売されたそうです、それが本作です。

プログレって、そう呼ばれだした当時は単に前衛的な音楽を、つまりサンプリングや変拍子の多様や異なる音楽性のミクスチャーを取り入れたロックバンドをそう呼んでいたのでしょうが、四半世紀以上を過ぎてすっかり、それ特有の様式が見出された感があるね。
これはきちんとその様式を踏襲した、いわば古き善きプログレって感じの音がします。軽快にドラムが鳴り響いたかと思ったら、続くのはメロトロンぽいローファイなキーボードサウンド。ジャズロックを基本に、繰り返される転調。メロディラインのローテーションが微妙に変化していく感じ。ATOLLとCARAVANとCANが近い感じかなあ。やっぱり70年代に一旦出来上がった“プログレ”という呼び名の総称は、確かに生き延びいてはいるんですよ、細々と。ただ進化させるのが難しいというか、変化がないというか。DreamTheater、Anekdotenの登場でメタルや80年代ハードロックを取り込んではいるのだが、それでも根幹を貫くものはあんまり違わない。

超無名なんで探しても音源が見つからない。
俺が自分でアップしようかな……気に入っているのを2曲ほど。
PR
611o6ExTUbL._SS500_.jpgはい。


アレです。

iPodのCMのアレが収録されている奴です。






大御所バンドの時事ネタ、と言えなくもないけど結局日本では他国ほど人気ないし、発売からもはや1週間弱が経過しているわけですが……

好きなので。




このバンドの哲学は変わっていない。
たとえBrian EnoやMarkus Dravsをプロデューサーに据えてこの人達の経歴にバンド名を連ねても、たとえARCADEFIREみたいなパンクなポストロック系の音をいっぱい取り入れたりしてみても、1トラックに2曲分を収録したり1曲目のイントロとラスト曲のアウトロを繋げたりとか変則的な構成をやってみても、Coldplayの根幹、と勝手に自分が思っている、表出されるエモーションの色合いは殆んど移ろっていないんじゃないかと思うんです。

なんつーのか、もし変わったのだとしたら、前作「X&Y」が、それ以前の2作ほどは好きになれなかった自分としては、このバンドの哲学が若干、ほんの少しポジティヴな感情を描くようになったのは、実はその「X&Y」からだったと思うので。

じゃーあ、何でこんなに音作りの部分が変わったのか。
知らない。

……知らないけれども。
ロックバンドとして“かつて誰も試みなかったほど”オーソドックスに、しっかりとリズム刻みながらベースやギターすらキチキチ韻を踏むような演奏をやってた彼らは、前作まででそのスタイルが生み出せるものを完成させてしまったんじゃないかな、と、ふと思った。特に2作目のアルバムまで顕著だった“抑圧と表出”“静寂の中の激しい感情”、相反する感情のミクスチャー、ロックとバラードの混合みたいなものから、その“静寂”や“抑圧”がすっかりなりを潜めて、“激しい感情の表出”という、一見正反対の音楽性が現れたんじゃないだろうか。

にもかかわらず、変わってないなと思わせるのは。
その“激しい感情の表出”の中に、やっぱりどこか“静寂”が潜んでいるからで。それまでと因果関係がひっくり返った形で、その“静寂”が、むしろ安全でポジティヴな、確固としたものとして据えられているからこそ、そういう確信を持って曲が作られているからこそ、その外側へどこまでも無尽蔵に、多種多様で変則的な音作りが、Coldplayというバンドの中で実現できるんじゃないでしょうか。
今回のアルバムは「第2章のはじまり」と位置づけられているみたいで、一度そのサウンドを耳に刻めば、これがどういう意味か長々と語らずともはっきり分かるんだけど、「モノクロからカラーへの移行」は、モノクロームの中で力強くしっかりと描かれた線があったからこそ、大成功したみたいです。

意地悪い言い方かも知れんが、Coldplayはこのviva la vidaで脱U2、脱レディオヘを完全にやり遂げたんじゃないかと。心臓部分に00年代を抱いて、さらにその先へ発展しようと足掻いて突き進むんだけど、それでもやはり、ちゃんとロックバンド。



42


この曲が、多分一番顕著に上で言ったことを表していると思う。
あくまで俺がそう感じた、ってことではありますが。


Lovers In Japan/Reign of Love

JPOPのシングル曲とカップリング曲のような。



Viva la Vida


CM曲。
歌詞もバックのオーケストラも壮大ですばらしい、そしてどこかもの悲しい。
アルバム的には少し浮いていなくもない。

…日本版のボーナストラックって、どう考えてもアルバムの流れというか循環をぶった切ってるよなぁ…
10 2008 / 04

携帯からだと文字数制限にひっかかる。
ので結局それほど更新頻度は上がっていないんですが。

前々から書こうと思っていたものを、不器用にも、あえて綺麗にまとめずに、
書きたいだけ書きました。


jacket.jpg
title:神曲
artist:あさき
 label:konami







凄過ぎる。
何がって、人が歌っているのをただ聴いているだけでも、「ちょっと普通じゃねーな」と、先ず暗がりの中で画面に表示される歌詞に圧倒されるし。

カラオケで、よく音ゲー好きの友人が歌っていたアーティスト。
コナミからCDが出ていて、一般店舗での販売はされていないそうです。

この人、知らなかったのは、悔しいなあ。
音ゲーを全然やらなかったのが悔やまれる。
基本的にヘタだからなんだけど。

多用されるやまとことばに当て字される漢字の山、というのは椎名林檎っぽい。
「Dir en grayプラス四人囃子だなあ」と、自分勝手に説明するならばそんな音楽性で、ちゃんと聴けば殆どの曲はABメロの後にサビがくる、というJ-popの基本構造に忠実なんだけど。

でもまあ、それとは別の文脈で美しいんです。
音楽としてのポップな「楽しさ」も鏤められていることにはいるんだけど、「ノリ」が全然無い。
音ゲー用の曲だったことが関係しているんだろうけど、これは、新しいよ、全然。全然ノれない(アップテンポの)音楽なんて。自分の耳は「ちょっとプログレっぽいかな」と反応してしまったが、そういうノリの無さともまた大分違うもので。

キメラ的に異なる音楽が繋ぎ合わされるのがプログレならば、あさきの場合、「咲いては散ってゆく」感じなんだと思った。
少しづつ異なる様々な、小花のようなフレーズが、盛り上がって、ブレイクしかけては、次へとバトンを渡せぬまま、霧散してはまた消えていく、そんな儚さが、独特の歌詞と相俟って。

それを「日本的」と表現してしまうと絶対語弊が生まれると思うのだけど。
「日本的」以外にどう言い繕えばいいものだろうか。

日本的というか日本人的な、繊細で、それゆえに抑圧されてしまうとすぐドロドロしがちな、複雑な感情の海とか、武家社会の鉄の掟の下に積もっているもの、村社会的な和の代償にされるものとか、そういう「本当は怖い日本昔話」な。桜の木の下の死体とか、そういうベタな話にも共有され、含まれている、社会の秩序の中で儚く散っていく人とか、人一人の中の隠された強い激情だとか、あえて語ろうとするとすごく安っぽくなってしまう、わけわからんもの。ジャパニーズGOTHIC?とかそういう感じの。

そういうダークな日本っぽさを、これを書いている俺自身は多分殆ど持っていませんが。
でも分かるんだ、やっぱり。

こんな激しいハードな曲なのに、’せつなさ’を見出してしまう。

この子の七つのお祝いに-YOUTUBE


春にしては冷たすぎる雨風で、桜がほとんど散っちゃったなあ。
春以外はどちらかというとパッとしない、黒々とした地味な樹だよね、桜って。

ソメイヨシノの名付け親は、藤野キメイさんという明治時代の植物学者らしい。
アパートのベランダから枝と葉ばかりになった樹を眺めていて、その人が自分の母方のご先祖だという話を、なぜか思い出した。

楽しさと美しさ

って、両立するものなんだろうか。

あと、洒落っ気というのはひょっとしたら、

楽しさを俯瞰することに通じているんじゃなかろうか。

などと、思いながら聴き入る。


51RWF9FRHXL._SS500_.jpg

Underwater Cinematographer
                   / The most serene republic


ポストロックって言うのが一体どんなものを指すのか、何となく分かりかけてきた気がしなくもないんですが。
でもヤッパリ分かりません。
TSUTAYAのポストロックコーナーにCANが置いてあったし。あれってプログレじゃなかったのか。プログレも物凄く曖昧だけどさ。

楽しさと美しさ、と言うよりも、綺麗さと気持ちよさ。

両者が渾然一体となった状態ってあるんでしょうか。
ポップでエレクトロな楽しさを、一歩引いた視点から、曲調の緩急やら多種多様なメロディといった受け皿で掬い取って、美しく消化している、とかそんな印象を受けるなあ、ポストロックと呼ばれているバンドには、なんか。
だからこのバンドも、音楽としての楽しさよりも綺麗さというか、お洒落さというか、アーティスティックなものが先立ってはいる。でも綺麗さが特別に優先されているという事でもなく、打ち消し合わない程度に、聴き易さもある。
綺麗さと楽しさが均衡状態にあって、どちらか一方をうまく掬い取る事が出来ずに、ふわふわとした浮遊状態に持っていかれる感じでしょうか。

Yesとかの、どちらかというと聞きやすいロック寄りのプログレが持っていた、ロックを俯瞰するようなカッコ良さは、ポストロックには感じない。
ロックを俯瞰することが、カッコイイというよりも、オシャレだったりアートだったりするんでしょうかね。
シンフォニックなものとか大作主義ではなくて、なんつーかポップアート的な。

ところでカナダのバンドらしいんですが、最近カナダがアツいのか。
そういえばARCADE FIREもGYBEも好きだ。
カナダの音楽?
RUSHがあった。そんなに好きではないが。
moonlight shadowのアゼリン・デビソン版がそういえば物凄く好きだった。
間奏のカントリーっぽさが物凄く。
それぐらいしか知らないや。

でもそうか、カナディアンロックですか。
色々聴いてみようかと思った。

最初に戻る。
美と楽は両立するか。

どうなんだろう。
楽しさ、というより単純な快楽を求め過ぎると、それは醜悪さや退廃的なエログロやら、毒っ気へ向かわざるを得ないように思う。つまり楽は追求しすぎると、醜いものを次々掘り起こしてしまう。

美についても同様で、これもなんか、痛みや悲しみを連想させる響きを持ってるんだよなあ。
楽しいなどとは少しも言い得ない、間逆の状況に陥ったとき、苦痛や悲哀に押しつぶされそうになったとき、人間が一番敏感になるのが美しさじゃないかなあ。

つまり美と楽は両立しない、というより、行き過ぎないように中和し合っていると思うわけですが。


fdee1da7.gif

この曲のMVの「ようなもの」を上映会用に制作していて、何となく引っかかりを感じてはいたのだが、それが何だか判ったような気がする。




でも例外もあるかもね。
笑いすぎて泣いた、とか、楽しさを許容しきれなくなったとき、何となく美しさを感じないだろうか。
ハタチを超えてから滅多に無いが。
6226e70bjpeg






ダサいジャケットだな、などと思わないで欲しい。
素人くさいジャケットだな、などと思っても当たり前である。

何故ならこの私が勝手に作ったんだから。

ネット上にゴロゴロしているインディーズ系バンドの音源をあさって、これだ!と思うものに行き当たる事は滅多にないが。ああこれは好きだ、というのは良くある事だと思うが。

ああこれは好きだ、格好良い、うんうん、などと繰り返し再生するうちドップリとはまり、しまいにはジャケット写真を勝手に作って今にも送りつけようかというほど惚れ込んでしまう事は滅多にありゃしません。

最初はVCのヘタウマっぷりに何度も噴きだしてしまったが。サビの転調のクールさに痺れているうちに、むしろこれで合ってるんじゃないか、全然許せるよ、ということになったらしく。

でも今も活動しているのかね?

(推薦)モノクロの人たち  一瞬の光
http://www.muzie.co.jp/cgi-bin/artist.cgi?id=a042554 
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