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前回ダーっと書き連ねてから気付きました。
一番肝心な事を一つも言っとらんな、と。

映画『Contact』について

 ・好きか嫌いか

  好きだ!
  正確には、今でも、まだ、好きだ。
  そもそも好きでもないモンを取り上げたりしません。


 ・観賞を勧めるなら誰か

  地球外知的生命体が居たら良いなあ、とか思える人
  SF好きで、もろもろの宗教に違和感や胡散臭さを覚える人
  

 ・点を付けるなら何点か

  これに関しては、例えば10点満点のレヴューがあったりすると、
  「一定の評価」を得ている作品は大体が9~8に収まるよねえ。
  そういう評価の手法の根底にある、欺瞞というか、失礼だが、
  「ここが○○だから1点マイナスしとこうか」「10点は魂の作品に
  あげるからずっと保留」という発想に、俺はなんか至りませんので、
  「満点の作品がどこかにあるはずだ」って、消極的完璧主義に
  しか感じられないので、でも何とはなしに点は付けとこうかなあと思う。
  
  とそういうわけでこの作品の俺的点数は

  N=R*×fp×ne×fl×fi×fc×L 点

まあとにかく、オープニングの映像が映画史に残るぐらい素晴らしいのでこの文章を目にした人間は観て下さい。観てほしい。

~以下前回略された部分~

日本人に信仰を語らせると「無宗教です」という答えが非常に多い、らしい、のだが。
しかし、そうすると日本の人口が4億人になってしまう(『世界の日本人ジョーク集』ネタ)ので、宗教と無縁ではないはずじゃないかな。そもそも、たとえばかつて小泉と靖国が散々マスコミのネタにされてたけど、死者を弔う文化はあるでしょう、日本人だって。

で、宗教を語る上で見過ごされがちなのが故人をどう扱うかという点だよね。この作品では主人公の幼い頃の父親との死別、という形で扱ってて、まあ言い方は悪いが上手い消化の仕方をしている。ポッドにのったアロウェイが出会う相手はなんと○○、という一番肝心な「オチ」の部分に持ってくるあたりは確信犯的で、この映画の比喩表現の上手さの一つでもあると思う。一部の観客がクソ映画扱いする理由でもあるが。
天国を宇宙に、神をエイリアンに見立てているのは言うまでもないんだけど、ジョセフ神父とアロウェイも、実は二人ともある意味で「はみ出し者」という共通点がある。

科学者にあからさまに敵対心を抱く原理主義的なテロリストも出てきます。
ジョセフはこういうのとだいぶ違うというか、大統領の宗教顧問になるような牧師で、「教会を批判する」という趣旨の事を劇中で言ってるんだよね。

ドラムリンというキャラが出てきます。
凄く功利主義的というかリアリスティックな人物で、最初にアロウェイの研究への資金供与を打ち切って、「君は優秀だからもっと役に立つ研究をしなさい」という趣旨の事を言う。
当然アロウェイはそれに反発する。ところがヴェガから電波が送られてきた途端、対策チームの代表に選ばれる。誰がマシンに乗るかを決める調査喚問で、アロウェイは「神を信じない」という趣旨のことを言うが、ドラムリンはあっさりと自身の「信仰」を語る。
この場面は、なんつーか、日本人もだんだんと染まりつつある、「科学至上主義の結果としての宗教解釈」をイメージさせてしまうんだよね。「神を信じる」という人に対して、「そういう(後進的な)人間もまあ居るよね、仕方ない、ハナシ合わせとくか」みたいな姿勢を。それが悪いとは別に俺は思わないが。
ひょっとしたらドラムリンは、功利主義的でドライな科学者の代表としてアロウェイを爪弾きにするために、配置された人物だったんじゃないだろうか。アロウェイは最後に実証主義と矛盾していた自分のあり方に気付くけど、ドラムリンは最後まで「オッカムの剃刀」だったんじゃないだろうか。

で、このドラムリン、奇しくも宗教原理主義のテロリストの自爆で死んじゃうんですね。
最後に祝福される主人公と神父とは対照的に。

つまり、科学と宗教の対立と和解を示す一方で、功利主義的と実証主義に凝り固まった科学、原理主義に陥った宗教の両者を断罪する、という構造を、実はこの映画は持ってたんじゃないか、信じるものは救われる、みたいな。

というのは、うがった見方でしょうか、はて。


他にもスポンサーのハデンが奇人扱い(しまいにはでっち上げ犯扱い)されつつも宇宙ステーションで息を引き取る、とか、冒頭の母親に対して呼びかけたがるアロウェイとか、比喩や皮肉があふれてて面白い。

神とか宇宙とか人類とかあらゆる物事を総体的に捉えすぎた作品ではあるけど、その割に少しもオカルティックじゃない、逆に言えばこれだけ壮大なのにまともでブレのない視点から描かれてる作品もそうそう無い。

これを名作と言わずして何と言いますか

なんか全体的にすげー壮大なレヴューだったけど、

俺自身誤解を受けたくないので、

これ読んで「引いた」人は、その前に本作を一回でいいから見てくれよ、と。

おわり。
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初鑑賞は小学4年だったか5年だったかもはや記憶にございません。
なんで今更こんな中途半端に古い映画をかたるのか。

自分が映画にショックを受け、カタルシスを覚えたのは、ぶっちゃけ啓蒙されちゃったのは、これが多分一番古い記憶なんじゃないか。
もっと言うなら、今じゃすっかり“欧米か”されてしまった、或いはリベラリスト風にアメリカナイズされてしまった自分の、オウベイ思想文化とのファースト・コンタクトだったから、でしょうか。

たしか「証拠が無いから神はいねえ」と、給食の時間に吐きすてて大ブーイングを食らった者としてはショッキングだったなあ、本当。当時から我の強い人間だった、本当。小学生を洗脳するんじゃねえよハリウッドめ。

まあ、あれから10余年経過した今思うことは。
SFなんでしょうかね、これ。
ファンタジーではないよね。
たしかにサイエンティフィックでもあればフィクションでもあるけど、科学に基づいた、というか科学を用いた何かをモチーフとした話なんだろうか。違うと思う。
科学的なフィクション、ではなく、科学自体を小道具化したフィクションのような気がする。気がする、じゃなくて間違いなくそうだろ。

ラスト、記録時間云々のシークエンスを切り取ってしまえば、ひょっとしたら原作とはまったく違った代物になったかも、と。ある盲目的な情熱、或いは誰でも少しは持っている、何かに対する信仰についてのドラマになったんじゃないでしょうか。
別に「神」とか「エイリアン」じゃなくても。
カールセーガンの意図には完全に反するだろうけれども。

ていうか、原作ってひょっとして、SETIの後押しのために書かれたんだろうか?
(後略)

B00005HKXL.09.LZZZZZZZ.jpg
 Contact 

1997 
Dir:Robert Zemeckis
Act:Jodie Foster
 



~以下略され(ry~

もし一言で済ますならば「あやすような映画」じゃないかな。
何かに強烈な情熱や信念を持つ事ってまあ格好悪いんだが、そうせざるにいられない、少女のまま大人になった女性が、まさにハリウッド的な壮大さで夢を掴み、掴んだ夢に失望させられかけて、それをまた一神教的な過激さで諭され、あやされるというお話で。

絵的にはもう、ジョディフォスターの演技力が。
「詩人を連れてくるべきだった」のシーン、尋問されるシーン、熱く語っちゃうシーン、どれを取っても表情の作り方は鬼気迫るものがある。顔アップの多様っていうか飽和でも、これが大成功してる。
それとこの映画以降方々にパクられまくってるワームホールの描写等、CGシーンでしょうか。
本物のクリントンまで合成してるし。
映画化した最大の意義はこの2点かと。
他は別に目新しくもなんともない。ああ90年代ハリウッドだな、としか感じない。
絵的には。

原作はこれの製作中に故人となったカールセーガン博士の著書で、まあ原作がついちゃってたらそっちの信者に叩かれるのは常ではあるが。ただ、脚本化して限られた時間に敷き詰めるために、そして万人に受け入られるために、「言葉を絞る」というステップを踏んでいる事は必要なんじゃないですか。
この作品は焦点を絞って上手い切り取り方をしていると思うよ。脚本を読ませるタイプの映画だし、主人公以外が記号化してるのも、まあ、ある種の寓話化として捉えれば悪くはないし。

ものすごく簡潔に書くと、こういうストーリーです。

ネタバレです。

幼くして父を亡くした女科学者エレノア・アロウェイ。いわく「宇宙人はいるんだ!資金を恵んでください、電波望遠鏡使わせて!」紆余曲折を経て、パトロンの謎の資産家を得て、彼女は琴座の恒星ヴェガからデンパを受信。内容はこうである。「1,2,3,5,7,11,13,17...」その後送られてきたのはベルリンオリンピックでのヒトラーの演説と、それに重なった一人乗り宇宙船の設計図。ベガ人と思しき者とのファースト・コンタクトと、宇宙船を作る作らないで揉める世界。紆余曲折を経て昔の恋人である神父もどきと再会するアロウェイ。
アロウェイいわく、「神なんていないと言わせていただくわ、証拠がないもの」
神父反論「君はお父さんを愛していたかい?もしそうなら、証拠を見せてくれ」
北海道で作られた宇宙船の搭乗者にアロウェイが選ばれて、和解する二人。
ヴェガまで行って、パパとウィンドサーフィンをして、物凄いカタルシスを得て、感動して、陶酔して、帰ってきたアロウェイ。
宇宙では16時間過ごしたはずが、地球の人々がアロウェイを見失った時間は一秒以下。誰の目から観ても機械の故障で、彼女は何処にも行かなかったかのように思われる。
自分の体験を人々に告げようとするが、こう聞き返される。
「証拠は?」
しかし宇宙での体験について熱弁をふるい、調査委員会の尋問の後、アロウェイを支持する群衆に囲まれる。アロウェイに寄り添う神父が言い放った。

「彼女を信じます」と……


物語の内容について書くってなると、どうしても信仰心という日本人は普通触れたがらない話をやらざるを得ないんだけど。
……また次回でいいや長くなるし。

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